「開発途上国における栄養不良問題と栄養補助食品の可能性~医療現場からの報告~」セミナー開催報告
2012年2月21日(火)に独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)本部にて、国際連合食料農業機関(FAO)日本事務所とJETROの主催の下、セミナー「開発途上国における栄養不良問題と栄養補助食品の可能性~医療現場からの報告~」を開催しました。
はじめに、国境なき医師団(MSF)が製作しているStarved for Attentionの、インドでの栄養不良に対しての取り組みを取り上げたビデオ『目に見えないけれど/INVISIBLE』を視聴した後、ニジェールを例としたMSFでの栄養改善の取り組みと食糧援助の役割について、同団体でアクセス・キャンペーン栄養政策アドバイザーを務めているNathalie Ernoult氏にご講演いただきました。
5歳未満児の死因の約半分が栄養不良と関連しており、毎年200万~500万人の子供が栄養不良により亡くなっています。MSFは栄養の分野において、2010年には28カ国139のプログラムを実施しました。
栄養不良の概念とそれを治療するツールはここ十数年で大きく変化しました。以前、栄養不良は飢餓に関連する量の問題として捉えられていたため、エネルギーの供給が主要な治療方法でしたが、現在は量から質へと論点がシフトし、エネルギーに加え主要栄養素や微量栄養素を供給する治療へと変化しています。このような変化を背景に開発されたのが栄養補助食品(RUTFs: Ready-to-Use-Therapeutic Foods)です。従来の栄養補助食品は、安全な水の使用など衛生管理面での配慮が必要であったことから、医療施設でしか治療が行えず、必然的に対応できる患者人数も限定的でした。一方、RUTFsはその利便性や長期保存性の向上から、在宅での治療が可能となったほか、より広範囲におよぶオペレーションを実現できる面で画期的と言えます。
6ヵ月~2歳(24ヶ月)の離乳期はWindow of Opportunityと呼ばれ、子どもの健全な発育には、その時期に高エネルギーで質が高く微量栄養素を含む多様性に富んだ食事を摂取することが必要です。しかしニジェールでは、収穫が少ない時期に栄養不良が深刻になる季節的飢餓(フードギャップ)が生じ、その間、極貧層の人々は米と野菜だけを食べて生活します。これは離乳期の子どもにとっても栄養的に十分であるとはいえず、また、ニジェールではこの季節的飢餓が毎年繰り返されるため、予防的なアプローチが必要です。これを受け、MSFではRUTFsをWindow of Opportunityの時期にある子どもに使用することで栄養不良の改善・予防を行う取り組みを、2005年から現地で行っています。RUTFsを開発しているNutriset社のPlumpy’doz™開発にも参与しました。
科学的知識に基づく理論だけではなく、フィールドでの経験を活かして食糧支援の方法を改める必要があることが広く認識されつつあります。WFPやWHO、UNICEF、UNHCRやアメリカ政府なども、食糧支援の方法を変え、より質の高い食料を提供する必要性を認めており、これに伴い様々な政策変更もなされました。アフリカの55の国では、RUTFsを用いて地域基盤の急性重度栄養不良管理(CMAM)を行ったり、食糧援助規約でも栄養改善の観点が強調されています。栄養補助食品の生産量も増えており、こういった政策変更によって質の高い食料にアクセスできる子どもの数も増加しています。
ただし、栄養不良に対して生産者側が果たすことのできる潜在的役割はまだあり、更なる研究開発が求められます。たとえば、現地の味覚に合った製品や地元産の原材料で作られる製品など、新しくより機能的な製品が必要とされています。
次に、味の素株式会社の研究開発企画部専任部長である取出恭彦氏に、自社が取り組むガーナ栄養改善プロジェクトについてご講演いただきました。
このプロジェクトは、持続可能なビジネスを通して栄養改善を実現することが目標で、「栄養改善を目指したソーシャルビジネス」として行われています。このビジネスのゴールは栄養改善と、企業として新しい市場を創出することです。
このプロジェクトは、味の素社が100周年を向かえた2009年12月にガーナ大学とアメリカのNPOであるInternational Nutrition Foundation(INF)との3者共同プロジェクトとしてスタートしました。100周年の記念として、創立以来の味の素のDNAである食品を通じての栄養への貢献を試みたのです。その成功の鍵は連携とオープンイノベーションにあります。プロジェクトサイトとして選んだガーナは政治的に安定しており、国連機関やNGOが社会開発のために積極的に活動をしているため、適切と判断しました。
このプロジェクトでもWindow of Opportunityの時期の栄養改善を目指し、具体的には家族あたりおよそ2ドルの現金収入のある層をターゲットとしました。ガーナではこの時期の子どもに伝統的な離乳食であるKOKOを与えています。KOKOとは、乳酸発酵した発酵コーンに砂糖を加えて作る、少し甘酸っぱいお粥です。原料がトウモロコシと砂糖のみで微量栄養素が足りず、低身長などの問題につながっています。
成功のために必要なイノベーションとしては、ニーズにあった製品や適切な流通経路の開発、栄養教育の実施が挙げられます。製品について、ターゲット層が購入可能な価格設定とおいしさを担保するため試行錯誤を続けているほか、流通経路については、すでに現地のコミュニティーで活動をしているNGOのネットワークを活用して製品を届けるという試みを始めようとしています。また、栄養教育についてはガーナ保健省(GHS)や国際 NGOとの協力を進めています。
こうして取り組みのプロトタイプとして現地生産を予定している製品が “KOKO Plus”です。これはKOKOを作る際に砂糖の代わりに添加する栄養サプリメントで、WHOの栄養必要量推奨値に基づいて設計しました。1日分のKOKOに15g添加することで栄養が充足したおいしい離乳食ができます。この製品の原料には現地産の大豆や砂糖、パーム油のほかに、味の素社で作っている必須アミノ酸のリジンや、微量栄養素プレミックスを使用しています。リジンを加えてアミノ酸のバランスを確保することで、たんぱく質の利用性を高めることができる製品です。
連携については、ガーナ大学やINF、GHSのほかに、JICAやアメリカのUSAID(US Agency for International Development)、味の素社も参加しているGAIN(栄養改善のためのグローバルアライアンス)や、オランダの多国籍企業でビタミン部門のトップメーカーであるDSM社、現地生産を行う地元企業のYedent社などと協働が進んでいます。様々なパートナーとの連携は困難なこともありますが、win-winの関係を構築できるよう現在試行錯誤を続けています。
今後の展望としては、製品の主要原料である大豆の現地生産に関し、生産性の向上を図るほか、付加価値のついた製品を作り、それが栄養改善に最終的に貢献するというサイクルを作ることで、社会開発や収入向上につなげられるのではと考えています。この様な開発手法については、USAIDの賛同も得ています。
このプロジェクトで目指しているゴールは、ソーシャルビジネスのモデルが成立可能であり、同時にこれがメインストリームのビジネスに貢献することを立証すること、そしてガーナだけでなく世界に展開できるモデルを作ることです。現在社会において、BOPビジネスやソーシャルビジネスは時代の要請であるといえます。
最後に、FAO日本事務所の大軒恵美子企画官が、開発途上国における栄養補助食品市場の可能性について講演しました。
RUTFsであるPlumpy’nutは、1997年にフランスのNutriset社と公的開発研究機関のIRDが行った共同研究の結果、開発されました。研究開始から2年後の1999年にNutellaをヒントに考案されたPlumpy’nutは、ピーナッツバター状の高栄養食品で、携帯・長期保存が可能なことや、使用の簡便性が製品特徴であるほかに、地元での原材料調達や雇用創出につながる点で、正に適正技術であったと言えます。
また、当該製品の開発により、栄養改善のフィールド・オペレーションが変化したことや、事業のスケールアウトで経た過程も特筆すべき点です。RUTFsの開発が院内治療から在宅治療への移行を促したことは、MSFのプレゼンテーションのとおりですが、例えばエチオピアにおけるHealth Extension Programmeの導入に見られるように、政策的な環境整備が相互作用の関係にあったことも見逃せません。
Nutriset社のPlumpy’nutに対する特許権の扱いについては、当初より人道支援機関から反発がありました。元々Nutriset社は、フランスの自社工場で全ての商品を生産していましたが、物流コストの増加や緊急時対応におけるタイムラグについて、国連を始めとする人道支援機関が憂慮したことに加え、受入国側も輸入による外部依存の高まりを懸念したのです。この問題を克服するため、UNICEFを始めとする国際機関や現地の食品加工会社など様々なステークホルダーの連携が始まり、フランチャイズやライセンス付与、オンラインでの情報提供など、長い時間をかけてパートナーシップを拡大し、Plumpy’nutの普及に努めてきました。今でも当社の対応が十分かどうかは議論の余地がありますが、マルチステークホルダー間での丁寧な対話が、より革新的で開けた開発援助手法へとつながることは確かです。
最後に、栄養補助食品の可能性は緊急時だけではなく、慢性的な栄養不良に対する対処法としても注目が集まっています。例えばForificationという政策では、国民が日常的に摂取する小麦粉や食塩などに微量栄養素をあらかじめ付与することで、慢性的な栄養不良を解消しようとするもので、国際機関などからガイドラインが示されているほか、各国で法規制などが施行されています。一例として、南アフリカ政府とUNICEFおよびGAINの共同プロジェクトでも示されたとおり、国レベルでの栄養改善には食品加工メーカーの協力が不可欠であり、今後も民間企業による画期的な商品開発が期待されます。
質疑応答では、RUTFsの持続性や受入国の自立性などが指摘されたほか、栄養教育やプロジェクトの形成および実施にかかるより具体的な内容を問う質問がなされました。この日は民間企業やNGOなどから30名を超える出席があり、活発な質疑応答の後も参加者同士での意見交換が積極的に行われ、世界の栄養不良問題に対する関心の高さが伺えました。
今回のセミナーは、ネットワークメンバーであるFAO日本事務所と味の素株式会社に加え、医療の観点から栄養改善の取り組みを行うMSFと、BOP(Base of the Pyramid)層を対象としたビジネス推進を行うJETROの協力により実現しました。国際協力の分野において、マルチステークホルダーによる知の共有および連携強化の余地はまだまだありそうです。
